★絵描きの日記

加茂谷正俊のブログです。 絵画を中心に美術やっています。 公募展出展、グループ展や個展などもします。 2010年、2014年、2018富山国際現代美術展に参加。

2007年12月

大雪です

朝起きたら、こんな光景になっていました。大雪です。このブログで時々登場する、あのビルの写真です。天気予報で寒波が来るとは聞いていましたが…。今年の最後の最後にこれですか。まあ、何れにせよ、今年はありがとうございました。来年もまた根性でブログアップしていきますので、よろしくお願い致します。00e67be9.jpg

今年良かったCD

個人的に今年良かったCDをUKとUSから1枚ずつ紹介します。まずUKはBLOC PARTY.(ブロック・パーティ)ーの“A Weekend In The City”です。 これはもうお気に入りのCDで車の中で、ずっとかけています。私はあまりエレクトリックな音は好きでないのですが、これはハマりました。勢い余ってアナログまで買いました。USはThe White Stripes(ザ・ホワイト・ストライプス)の“ICKY Thump”です。元々ホワイト・ストライプスは好きなバンドですが、『今度はそう来たか』というアルバムを作ってくれました。単純なガレージ風のサウンドではなく、ガレージを基本に、変化に富んだサウンドを聴かせてくれます。ロック好きにはたまらない音を聴かせるアルバムです。この2枚のアルバムは、私だけでなく、雑誌クロスビートでも今年のNo.1に“ICKY Thump”、No.3に“A Weekend In The City”を挙げていました。誰も考える事は同じなのですね。3d9868fe.jpgBLOC PARTY.“A Weekend In The City”
6dcbec29.jpgThe White Stripes“ICKY Thump”

師走

昨日は仕事納めで、車がビュンビュン飛ばしてます。何かお店に用事があっても、今日で今年最後の営業だったりして、慌ててしまいます。まさに師走ですね。a2bc4daa.jpg

ビートルズのシェイ・スタジアム

シェイスタジアム

ビートルズは、ライブより、シングル単位、アルバム単位など、レコーディング作品で語られる事が多く、ライブでは女の子の絶叫ばかりが取り沙汰される事が多いバンドです。
しかし、女の子達の絶叫している状況下で、PAが発達しておらす、モニターすらなかった時代のビートルズ達は、自分の演奏が聞こえず勘で演奏していたとは奇跡的です。

そんなビートルズのライブ演奏の頂点は1965年頃になります。
翌年になると、ライブの情熱を失い、やっつけ仕事のようになってしまい、ライブそのものも、やめてしまいます。

1965年8月15日、ビートルズはニューヨークのシェイ・スタジアムに5万5千人を集めてライブを行います。
これは、当時のコンサートの観客動員で世界一だったそうです。
現在でも美しいカラー映像と気合いの入った音楽がクリアに収録されています。
まさにビートルズのライブの頂点が示されています。
その映像はDVDビートルズ・アンソロジーに収録されていますが、You-Tubeでも観ることができます。

演奏のハイライトとして最後の曲、“I'm Down”はロック・バンドのパフォーマンスとしては最高だと思います。
ポールが汗だくでシャウトしている横で、ジョンが肘でオルガンを弾くというクレイジーなパフォーマンスをみせています。
ボーカルのポールに対して、いかに目立とうかというジョンとのバトルが見れます。
このバトルこそ、ロックのライブにおけるダイナミズムだと思います。

※この記事は2016年8月17日に、投稿当時の文面を損なわない程度に修正致しました。
※上の写真はザ・ビートルズ・アンソロジーの映像を撮影致しました。

ザ・ビートルズ・アンソロジー DVD BOX 通常盤
ザ・ビートルズ
EMIミュージック・ジャパン
2003-03-31


In Rainbows

12月26日発売のレディオヘッドの新作“In Rainbows”を聴きました。このアルバムはインターネット先行でダウンロードを出来ましたが、遂に街のCDショップに並びました。(別にダウンロードで入手しても良かったのですけどね)ダウンロード先行という実験的試みは、常に時代の先端を行く彼ららしくて、好意的に受けとめています。時代の先端という面では、CD以外のパッケージは全て紙で出来ていて、エコロジーにも目を配らせています。CDの内容の方は、これまでの彼らの音楽性を総括するような内容になっています。アルバムの冒頭で、ライブ映えするアッパーな曲を揃え、後半はアコースティックな印象の曲を揃えています。まだ聴き込んでないので、アルバムの個性について言及は出来ませんが、『総括』という言葉はある程度当てはまると思います。久しぶりに、CDを買って家で再生する瞬間まで、ドキドキするという感覚を覚えました。レディオヘッドは、個人的に思い入れがあるバンドで、ライブには3回ほど行きました。ライブに行く度に規模も存在感もスターになっていく感じでした。将来的にレディオヘッドがどんなバンドとして評価されるのか、気になる所です。→続く2907d3e8.jpg
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Blog

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どうもー、人生設計は数ヶ月先までしか立ててない絵描きです。

今年のエイプリルフール以来、1日も欠かさずにBlogを書いていて、ふと思った事ですが、もしボクのBlogの更新が途絶えた場合、毎日読んでくれている読者から、『どうしたんだろう!』って心配されないでしょうかねぇ。
もし、ボクが行方不明になった挙げ句、Blogも更新していなかったら、一大事ですよね。
何しろBlogは、ボクが生きて行動している様子を、47都道府県どこからも確認できるのですからねぇ。

日本だけでなく、日本語が表示出来るパソコンがあれば世界中から、ボクの日々の記述を確認できるのですから。
Blogって凄いよねー。

メリークリスマス♪

どうも!将来のために貯金もしていなければ、生命保険にも入っていない絵描きのカモヤです。
メリークリスマス♪
12月24日はクリスマスではなくて、クリスマスイヴですよ。
eveを英和辞典で調べてみましょう。
“前夜”と書いてありますからね。
そんな事、誰でも知ってますけどね。

今日は、クリスマスらしくデパートへ行ってきました。
盛岡の老舗デパートのカワトク・デパートにです。
クリスマスに、かこつけて色々な物を売ろうとしています。
お客さんも一杯居て混んでいます。
平和な光景ですね。

ボクは6階のヴァージン・メガ・ストアでCDを3枚買いました。相変わらず、マニアな買い物ばかりです。
レディオヘッドの新作買おうとしたら、ちょっとフライングしてしまいました。
12月26日発売だそうです。
話は変わりますが、明日12月26日まで、石川県白山市市民工房うるわしにて、新院展金沢巡回展で“なまいきdoll”を展示します。ご近所の方は是非お立ち寄り下さい。

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シド・バレット究明 その3

Syd Barrett

【シドバレットの精神症状】
1.LSD-25への精神依存とその乱用
2.幻聴、幻視
3.空笑
4.思考途絶
5.25歳以降の精神的荒廃状態(無為、感情鈍麻)
6.晩年の肥満と糖尿病
【LSD-25】
 リゼルギン酸ジエチルアミドの略称。ライ麦に寄生する麦角菌アルカロイドから合成される。脳幹の縫線核において、セロトニン5HT2受容体を遮断して、セロトニン5HT2による神経活動を抑制する事により、交換神経系を活性化させる。しかし、幻覚の発現については、この作用機序では説明は困難である。少量で作用し、身体依存は生じないが、精神依存は生じる。服用により、多彩な精神症状が発現するが、中でも幻視が著しく、周囲が明るくはなやかな色彩に変化し、ものが歪んで見えたりする。また、閉眼時に幻想的な情景幻視も出現する。
【考察】
 シド・バレットの精神症状で注目すべき所は、LSD-25の後遺症としては精神的荒廃状態が目立つ所である。そのため、統合失調症の可能性が高いと考えられる。しかし、行動の異常がLSD-25によるものか、統合失調症の症状によるものか鑑別は困難てある。LSD-25によって、幻覚妄想状態を呈する事は既知である。しかし、シド・バレットは度重なるLSD-25の使用によって統合失調症発病に対し、脆弱になり発病した事は考え得ることである。単純に化学物質中毒による精神障害と考察することも可能性は否定は出来ない事も確かである。また、晩年は比較的症状が安定し、外出や買い物している姿を発見されたのは、抗精神病薬による治療が行われたからであろう。肥満し、糖尿病の合併症で他界したのは、クロザピン、オランザピンなどの非定型抗精神病薬による投薬治療が行われたのは想像に難くない。

※上の写真はDVD、"ピンク・フロイド ロンドン 1966-1967" の映像を撮影して掲載致しました。
ピンク・フロイド ロンドン 1966-1967 [DVD]
ピンク・フロイド
トランスフォーマー
2006-11-25

シド・バレット究明 その2

Syd Barrett

ピンク・フロイド脱退後は友人宅に泊まり込むが、同居者が常に何らかのドラッグ服用していると証言している。
また空笑して、ベッドで寝てばかりで無為に過ごしていたという。
しかし、作曲の能力には影響を及ぼさず、1970年には2枚のソロアルバムをリリースした。
1970年、久々のライブ演奏をする事になったが、演奏の途中で動作を突然やめて退場してしまったという。

それ以後、公の場から姿を消し音楽業界から、実質上引退した。故郷ケンブリッジで母親と暮らしていたが、1975年に突然ピンク・フロイドのレコーディング・スタジオに姿を見せた。
しかし、精神的荒廃状態を呈していて、巨大に太っているスキンヘッドの男をバンドのメンバー誰1人として、シド・バレットである事は分からなかった。
無意味に跳び跳ねたりする奇行があり、目を背けたくなる状態であったという。

その後は、平穏な日々を過ごしていたが、時としてパパラッチに狙われた。晩年のパパラッチされた写真を見ると、見るも無残な変貌した姿をさらけ出している。
ピンク・フロイドの、他のメンバーも老けてルックスが変わったが、シド・バレットやはり尋常ではない風貌の変化である。
目だけが面影を残しているだけで、太って服もだらしなくなっていて、往年の輝きは消え失せている。

2006年7月7日に糖尿病の合併症で他界する。

※この記事は2016年3月21日に投稿当時の原文を損なわない程度に修正致しました。
※上の写真はDVD、"ピンク・フロイド アンド シド・バレット ストーリー"のジャケットより。

ピンク・フロイド アンド シド・バレット ストーリー [DVD]
ピンク・フロイド.シド・バレット
ナウオンメディア
2004-07-23

シドバレット究明 その1

Syd Barrett

シド・バレット(2006年-1946年:本名ロジャー・キース・バレット)は元来、陽気で情熱的性格を持ち合わせていた。
幼少から、芸術的才能を持ち合わせ、ロンドン芸術大学で絵画を学んでいた。
ドラッグへの憧れは若年の頃からあり、やがてLSD-25にのめり込むようになった。

ピンク・フロイドとして、バンド活動をしている頃には相当な量のLSD-25を服用していたと思われる。
そのような中で、彼が21歳の時の1967年5月にセカンドシングル“シー・エミリー・プレイ”をリリースしたが、その直前にから目に精気がなくなり、人が変わってしまったようであったとバンドのメンバーは証言している。
知人の顔も解らなくなるような状況になってしまう。
6月にはステージで両腕を下げたまま、演奏しなくなった。
そして、10月アメリカ巡業で、その症状は更に悪化した。
テレビの収録の際に口パクをしなければならないのに直立不動で何もしなかっり、ステージに上がる事を散々拒むなど状態となり、結局アメリカツアー断念してしまった。

11月には強引に第三弾シングル、“アップル・アンド・オレンジズ”は、バンドやシドのひどく混乱した状態を露見させただけだった。
そのような中で、精神科の治療を受けさせようとしたが、病識がなく治療を拒否していった。
そういった状況に誰もなすすべもなく、1968年1月にピンクフロイドを脱退した。

※この記事は、2016年3月21日に投稿当時の原文を損なわない程度に修正致しました。
※上の写真は書籍、"BRICKS IN THE WALL"に掲載されています。

カール ダラス
CBS・ソニー出版
1988-03

気まぐれギャラリー
『シャキーンとした猫』
2019年

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