★絵描きの日記

加茂谷正俊のブログです。 絵画を中心に美術やっています。 公募展出展、グループ展や個展などもします。 2010年、2014年、2018富山国際現代美術展に参加。

ジャスパー・ジョーンズ

ジャスパー・ジョーンズの作品大好きです

美術に関する講演を依頼されたので、スライドを作っています。
自分の作品は一切出さず、20世紀後半の現代美術の作家を中心に解説や観賞のポイントを語る予定です。
このスライドの内容の一部は、後でこのブログの中でも紹介しようかと思っています。

写真は、ジャスパー・ジョーンズの“Target”の作品を解説しているスライドです。
実は、ジャスパー・ジョーンズの作品、大好きです。

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なぜアート野郎になったのか

あるアートとは縁もゆかりもない方々と、飲み屋で話していたら、『芸術活動をするということは、一般的ではない。君はなぜそんな一般的でないことをするのか?』と聞かれました。
これは、答えに窮しました。
それは、哲学的な問題だからです。
作品を制作するには、知力、体力、精神力を要するので、決して楽なことではないのです。
どちらかと言うと、制作するよりも、飲み屋で飲んだり、レストランで食事する方が好きです。
なぜ、そんな大変なことを続けるのでしょうか?
結局、色々お話するうちに、私自身の内面に、そういった要素があるからであるという結論に達しました。
確かに私は通常の人が、『分からない』と匙を投げるような、現代美術の作品を喜んで見ています。
私は16歳の時から、小難しい美術書からロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズ、エデュアルド・パオロッティなどの現代美術の作品を探し出して、心躍らされていました。
それは、誰かに教えられたのではなく、単純に自分で『良い』と思っただけです。
私が、それらの図録を見せて『これ良いよ』と勧めても、同級生達は、ぽかんとしているだけでした。
今考えると、その時点で一般的でなかったのかも知れません。
でも、そんな一般的でない、それらの作品を、『良い』と感じることは、どこでも教育を受けてません。
現代社会の日々の生活を繰り返すうちに、そうなっただけなのです。
それは、紛れもなく内面的な感覚なのです。
そんな感覚が、教育も受けてないのに、どうやって身に付いたのか私自身も聞きたい位ですね。

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写真は、富山大学芸術文化学部教授・美術評論家、伊藤順二氏の若き日の著書です。偶然、私持ってました。

アンフォルメルとポップアート

今日は、最悪の体調の中、作品制作を強行しました。   
結局、あまり進みませんでしたが、まあ見て下さい。

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きっと、8月30日の『ギャラリー彩園子の現代作家50人展』の搬出作業を、大雨の中で、ずぶ濡れになりながらやったので、風邪を引いたのでしょう。     
今日も大宮政郎先生と、現代美術談義をしましたが、今日のお題は、『日本の具体美術協会とフランスのアンフォルメル』、『ロバート・ラウシェンバーグとジャスパー・ジョーンズの関係』です。
現代美術の知識がなければ、きっと私と大宮先生の会話は、チンプンカンプンでしょう。
簡単に言うと、下記のようになります。

『日本の具体美術協会とフランスのアンフォルメル』:
1955年頃、日本の具体美術協会美術協会というアンフォルメル(非定型)に似つつも、独自の個性を発していた表現グループがありました。しかし、大宮先生によると、本場フランスのアンフォルメルの情報が入ってきたがために、フランスのアンフォルメルの真似になってしまい、独自の個性を失ってしまったという事です。

『ロバート・ラウシェンバーグとジャスパー・ジョーンズの関係』:
ロバート・ラウシェンバーグは、シルクスクリーンやガラクタなどを組み合わせて構成した作品が特徴です。また、ジャスパー・ジョーンズは標的や星条旗など、大衆的モチーフを独自のタッチで描いた描いた作風で知られています。この2人の作家は、ポップアートの走りとなりました。(アンディ・ウォホールより数年早い!)2人とも、作風は全く違いますが、作品のベクトルは同じ方向に向いているように思います。大宮先生によると、何とこの2人は男同士で同棲していたそうです。やはり偉大な芸術家は常人とは何か違います。

私は、美術史の本で現代美術を学びましたが、大宮先生はリアルタイムで、その渦中で揉まれていたのですから、その説得力には、含蓄があります。
気まぐれギャラリー
『シャキーンとした猫』
2019年

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