★絵描きの日記

加茂谷正俊のブログです。 絵画を中心に美術やっています。 公募展出展、グループ展や個展などもします。 2010年、2014年、2018年、2022年、富山国際現代美術展に参加。

加藤和彦さん・ミカバンド編

サディスティック・ミカ・バンドのメンバーは加藤夫妻にドラムスの高橋幸宏さん、ギターの高中正義さん、ベースの小原礼さん(後に後藤次利さん)です。
しかし、ごく初期にはドラムスは高橋幸宏さんではなく、つのだひろさんでした。

実は私は、つのだひろさんがこのバンドの発祥のキーマンだと考えています。
つのだひろさんは決して、メリー・ジェーンを歌っているだけではないのです。
なぜならば、加藤さんのフォーククルセダーズは、ステージにジャックスという、カルトなロックバンドの曲をレパートリーに取り入れていました。
(その演奏をライブ盤に残していて、今でも聴くことが出来ます)
フォーククルセダーズ解散後は、加藤和彦さんのソロアルバムにジャックスが参加しています。
実はその、ジャックスのドラムスが、つのだひろさんだったのです。
つのだひろさんはバンドが動き始めた頃に抜け、代わりに高橋幸宏さんが加入しました。
それから後は皆さんの知っている通りです。

サディスティック・ミカ・バンドは1972年〜1975年にかけて、通算3枚のアルバムを残し、ロキシー・ミュージックの前座として、ロックの本場イギリス各地をツアーし、大好評でした。

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ロックの分野において、イギリスで成功するのは、今でも難しいことなのに、70年代にやり遂げた事が超人的です。
それはメンバー達の才能もありますが、イギリスのレコーディングプロデューサー、クリス・トーマス氏の影響も少からずあると考えられます。
クリス・トーマス氏に、加藤夫妻のロンドンの友人から、ミカバンドのファーストを薦められて聴いて感激したために、『黒船』のプロデュースを申し出たといいます。

『黒船』は1974年にリリース。
結果、名盤になり、トーマス氏がプロデュースしているロキシーミュージックのツアーに参加することになりました。しかし、トーマス氏とミカ婦人が不倫し、加藤夫妻は離婚。
ミカバンドから夫妻が抜ける結果となりました。
残ったメンバーはサディスティックスとして活動を継続。

加藤和彦さんは再びソロになり、作詞家の安井かずみさんと再婚。
『あの頃、マリー・ローランサン』のような詩情溢れるポップスを発表していきました。

クリストーマス氏はセックス・ピストルズをプロデュースし、名だたるプロデューサーになりました。
最近の再結成から聞き始めた方も、フォーククルセダーズからの加藤和彦さんの流れを知ると、新たな感動が生まれることでしょう。

加藤和彦さん・フォークル編

今日は、前からブログで書こうと思っていた加藤和彦さんについて書こうと思います。
『帰ってきたヨッパライ(オラは死んじまっただぁ〜という歌)』、『あの素晴らしい愛をもう一度』、住宅会社のCMソング『家を作るなら(家を作るなら〜、家を作るなあら〜、という歌です)』最近リメイクされた『タイムマシンにお願い』、数年前にキタキマユさんがカバーした『ドウ・ユー・リメンバー・ミー』、これらの曲を全て作曲したのは加藤和彦さんです。
また、映画パッチギで歌われた『イムジン河』を日本でいち早く歌ったのは加藤さんをリーダーとするフォーククルセダーズです。

フォーククルセダーズのの出発点は雑誌メンズクラブの読者欄でバンドメンバーの募集をしたことに始まります。
そこへ当時、龍谷大学の学生だった加藤さんに、京都府立医大の学生だった北山修さんが訪ねて来て、フォーククルセダーズは始まりました。(1965年)
そして、他のバンドメンバーも加わり、やがて京都一のフォークグループになりました。
イムジン河はその頃からレパートリーだったということです。その後、
諸事情でグループを解散しなければならなくなり、'67年記念に自主製作盤『ハレンチ』を作りました。

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そのハレンチに収録されていた一曲が『帰ってきたヨッパライ』です。
その『帰ってきたヨッパライ』が、深夜ラジオでブレイク。
今度はメジャーのレコード会社から、オファーがあり、解散していたフォーククルセダーズは再結成されました。
この時に黄金のラインナップである加藤和彦さん、北山修さん、はしだのりひこさんの3人が揃い、一年間限定のフォーククルセダーズ再結成の活動が行われました。

この一年間の活動が凄まじく、アルバム『紀元弐千年』、ライブ盤2枚と、大島渚監督の映画『帰ってきたヨッパライ』までありました。
しかし、一年間限定の活動のため、惜しまれながらの解散。加藤さんはソロへ、北山さんは医学部の勉強を再開(後に九州大学教授)、はしだのりひこさんはシューベルツというバンドを結成し『風』などをヒットさせました。

解散後の加藤さんは、はしだのりひこさんのブレイクをしり目に、あくまでアーティスティックなサウンドにこだわったソロアルバムを1971年までに2枚リリースしました。
そのアルバムの、参加ミュージシャン、ドラムスのつのだひろとセッションしていくうちにサディスティックミカバンドに発展していきました。

JAY-Z

世間ではビヨンセ来日が話題になっていますが、今日はビヨンセと長年に渡り交際しているJAY-Zの話です。この方は一筋縄にはいかない人です。何しろラッパーであると共にヒップホップレーベルDef Jamの社長兼CEOであるからです。ヒップホップと社長と、どちらが本業なのか分かりませんが、音楽の方もグラミー賞ヒップホップ部門受賞アーティストです。Def Jamも在籍しているアーティストはビースティー・ボーイズ、パブリック・エナミー、LL Cool J、NASといったヒップホップのそうそうたる面々で、宇多田ヒカルも全米デビューした時はDef Jamからリリースしたようです。一時期ラッパーから引退して、復活しましたが、その引退の理由が、『社長業に専念したい』というものなので、決して片手間で社長している訳ではないようです。さて、その作品の方ですが、私は2001年の『ザ・ブループリント』『アンプラグド』、2003年の『ザ・ブラックアルバム』が好きです。因みにブラックアルバムはグラミー賞のその年の最優秀ラップ作品となった作品です。このアルバムの後、引退宣言しましたが、前述の通り復活しました。→続く2e09d625.jpg
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にゃ〜

23a942e7.jpg音楽の話ばかりなので、ここらでちょっと一休み。

フラソワーズ・アルディ

Fracoise Hardy

フランソワーズ・アルディさんは1944年産まれのフランスの歌手、モデル、シンガーソングライターです。
また、ソルボンヌ大学に在籍した才媛でもあります。
日本では邦題『さよならを教えて』『もう森になんか行かない』の2曲が知られています。
その歌声はか細く、アンニュイですが、根はロック好きで、エルビスやビートルズが好きなようです。

'90年代前めの頃のインタビューでも、『最近は、ジーザス・アンド・メリーチェインが好き』だとか、イギー・ポップとデュエットを果たしたり、大変なロックマニアであるようです。
そういえば、夫がジャック・デュトロンという葉巻が似合うロッカーなので、彼女のロック・マニアは筋金入りです。

Fracoise Hardy

どうして私が彼女の音楽を知ったかというと、非常にフォトジェニックな方で、アルバム『もう森になんか行かない』のジャケットの写真を見て思わずジャケ買いをしてしまったからです。
聴いてみると最初は陰気な感じはしましたが、聴き込む程にその歌声と才能に引き込まれていきました。

Fracoise Hardy


それで、少しずつアルバムを買い揃えていくうちに、70年代初めには『私生活』『私小説』などのクオリティの高いアルバムを制作していたことを発見しました。
個人的には1970年にリリースされた邦題『アルディのおとぎ話』がお気に入りです。

近年、ボックスセットが出て、お宝な音源が入手し易くなって嬉しいです。
最近、お歳をめしたルックスになってしまいましたが、校長先生のような気品ある、どこか凛としたオーラを感じるのは、自分に揺るぎない自信があることに裏打ちされているのだと思います。

※この記事は、2019年8月11日に、投稿当時の原文を損なわない程度に修正致しました。

あの頃、マリー・ローランサン

あの頃、マリー・ローランサン

以前、木村カエラさんの項で『加藤和彦さんについては後で述べます』と書きましたが、その人物紹介を通り越してアルバム紹介です。

なぜなら、昨日の日曜日の午後、久しぶりにこのアルバムを聴いて、うっとりしてしまったからです。このアルバムは、ちょうど日曜日の午後に紅茶を飲みながら、ファッション雑誌を眺めるというシチュエーションにぴったりで、私もそうやって聴きました。

最初に聴いた時は『腐ったJ-POP』といった感想で(1983年作品)、1枚全部聴くのも辛く、ずっと棚の中に放ってあったものです。
でも、久しぶりに聴いてみると、何となくセルジュ・ゲンズブールやクレモンティーヌのようなフレンチポップみたいな感触を感じました。
聴いててアドレナリンが分泌される類いの音楽ではなく、脳にα波が出現してリラックスするような音楽です。

そういえば、加藤和彦さんのボーカルを『軟弱』と批判されることが多いですが、このアルバムでは見事癒し系の歌声で、アルバムの雰囲気にピッタリはまっています。参加ミュージシャンはドラムが高橋幸宏さん、ギターに高中正義さんというサディスティック・ミカ・バンド人脈でしっかり作られいます。

また、特筆すべきことは安井かずみさんの詩的な歌詞が挙げられます。
あの頃、マリー・ローランサン/女優志願/ニューヨークコンフィデンシャル…、などと曲名を列記するだけでも詩的です。
全体的に“キャフェ”、“イタリア・レストラン”といったオシャレな単語が散りばめられています。

これらの言葉を見て分かる通り、どちらかというと、女性向けで、汗臭い野郎達には似合わない一枚です。
当然、私にも似合いません。

この記事は投稿当時の原文を損なわない程度に、2023年5月4日に編集致しました。

あの頃、マリー・ローランサン
Sony Music Direct(Japan)Inc.
2017-04-05


今日のファッション―選挙に行こう編―

今日はバンソンのライダーズ、ジョージ・コックスのユニオンジャックのラバーソール。

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The Who ザ・フー

このバンドについては、いくら語っても語り尽くせないと思います。
知ってる方もいらっしゃると思いますが、知らない人に説明しますと、60年代の中頃にロンドンに登場したロックバンドで、同時期のビートルズとローリングストーンズと並び、当時のイギリスのロックシーンを牽引したバンドです。

メンバーは、全員モッズファッションの、スマートなスーツに身を包んでいましたが、やがて長髪のハードロック風情のバンドにイメージチェンジし、70年代前半頃に音楽的絶頂期を迎えます。
しかし、78年に伝説のドラマー、キース・ムーンが他界。バンドは代わりのドラマー入れて活動を続けましたが、82年に解散しました。

活動をざっと大まかに説明しました。
実はまだ続きがあるのですが、スペースの関係上、割愛致します。
ビートルズはアーティスティックな活動に活動のベクトルが向いていますし、ローリングストーンズはブルースの求道に活動のベクトルが向いていますが、The Whoは『思春期の少年』に間違いなく活動のベクトルが向いています。

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このバンドの代表的な曲の歌詞にTeenage waste land!(十代の荒野!)と絶叫する一節がありますが、このくだりはメンバーが37歳の時にバンドを一旦解散させて良かったと思います。
年取ってこのフレーズを歌うのは恥ずかしいです。
もっと顕著な例ではHope I die before I get old(年老いる前に死にたい)という実に殺那的な若者感情を歌っています。

今回、例に挙げたフレーズを作詞作曲しているのは、ピート・タウンゼントというギタリストで、彼はレノン・マッカトニーとひけを取らない程の音楽的才能の持ち主です。
また、これらの歳を取ったら歌うのが恥ずかしい歌詞を歌う男はロジャー・ダルトリーというマッチョなロックシンガーです。
彼は還暦を過ぎても、こういった歌詞を何のてらいもなく歌います。
現在の彼の、そのルックスも60過ぎとは思えない若々しさがあります。
この二人をベースで屋台骨のように支えるジョン・エントウィッスルはベースの教則本を出す程の凄腕の持ち主で、ピート・タウンゼントのギターよりうるさい音を出します。
残念ながら、2002年に亡くなっています。
そして、破天荒なドラムを叩き、奇人変人なキャラを演じるキース・ムーンは前述通り1978年に亡くなっています。

上の写真は、下のDVDでご覧になれます。
※この記事は2015年10月26日に原文を損なわない程度に修正を加えました。


矢郷良明さん

矢郷良明さんについてはご存知な方もいらっしゃるでしょう。このブログは★矢郷良明 LIFE philosophyにリンクされているので、そちらから入った方もいると思います。実はこのブログも矢郷さんの影響で始めたものなのです。矢郷さんのブログに私も時々登場します。矢郷さんは富山市でキックボクシングジム/スポーツジムであるタイガーピットジムの代表で、空手家で時にDDTでプロレスラーにもなります。それだけでなく、ロックにも造詣が深く、自らベースやギターを弾き、出場曲をレコーディングします。また、大変な読書家で難解な本も読みこなしています。これだけ多面的な才能を持った方を一言で説明することは難しいですが、矢郷さんは真の『侍(サムライ)』であると私は思います。侍は武道だけでなく、学問にも秀でてなければなりません。また、歌を詠んだり能を舞うなど芸事も心得てなければなりません。切腹という自分の生命の最期までも達筆で辞世の句を詠まなければなりません。矢郷さんは武術だけでなく、学もあり楽器などの芸事もしっかり身に付けた方なので、正に『真の侍』です。→続くc92abde8.jpg
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b9e7fdda.jpg2006年秋に完成した作品です。撮影した私の影が写っているのはご愛敬。
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