これは、私が実際体験したことですが、公募展やグループ展で作品だけ観ると、制作者がどんな人なのか分からなくなってきます。
公募展やグループ展のような複数の作者を展示する場合、大抵は作品を展示すると、題名と作者の名前が作品の近くに貼られます。
鑑賞者は作品を観て、題名から思いを巡らし、制作者の名前を見て作者がどんな人なのか想像します。
作品から制作者の性別を推測することは可能な時もありますが、時には性別が推測不可能な場合もあります。
制作者に性別はありますが、作品には性別はありません。
もちろん、人物を描いた作品の場合は、性別が成立しますが…。
制作者の性別が判別出来る場合は、男性だったら荒々しいタッチだったり、ダイナミックな構図だったりします。
また、女性の場合は細やかなタッチだったり、華やかな色使いだったりします。
私の作品は、そんな『作品の性別』の盲点を付いて制作しました。
女性が描くような華やかな色使いで少女を描いています。
観ている人は、作者が、私の作品に登場するような若くて可憐な女の子なんだろうと思ってしまいます。
でも、観ている人がに私が作者だと知ると、ずっこけてしまいます。
そう、この女の子が描いたような作品が私が描いている所がオチなのです。
前回の個展でも、今回の個展でも、作者が女の子ではないかと、見事に騙される方が続出しました。
それを見て、『しめしめ』とほくそ笑んでいる私が居ます。
それは、まるでタチの悪い冗談のようにも見えます。
でも、そもそも『作品の性別』などないし、『こういった画風だから作者が女の子』だとか言う先入観は良くないことだと思います。
画風というものは、風呂やトイレみたいに男性用と女性用に分ける必要はないと思います。
こんな風に先入観を、ものの見事に打ち崩すアートがあって良いと思います。
公募展やグループ展のような複数の作者を展示する場合、大抵は作品を展示すると、題名と作者の名前が作品の近くに貼られます。
鑑賞者は作品を観て、題名から思いを巡らし、制作者の名前を見て作者がどんな人なのか想像します。
作品から制作者の性別を推測することは可能な時もありますが、時には性別が推測不可能な場合もあります。
制作者に性別はありますが、作品には性別はありません。
もちろん、人物を描いた作品の場合は、性別が成立しますが…。
制作者の性別が判別出来る場合は、男性だったら荒々しいタッチだったり、ダイナミックな構図だったりします。
また、女性の場合は細やかなタッチだったり、華やかな色使いだったりします。
私の作品は、そんな『作品の性別』の盲点を付いて制作しました。
女性が描くような華やかな色使いで少女を描いています。
観ている人は、作者が、私の作品に登場するような若くて可憐な女の子なんだろうと思ってしまいます。
でも、観ている人がに私が作者だと知ると、ずっこけてしまいます。
そう、この女の子が描いたような作品が私が描いている所がオチなのです。
前回の個展でも、今回の個展でも、作者が女の子ではないかと、見事に騙される方が続出しました。
それを見て、『しめしめ』とほくそ笑んでいる私が居ます。
それは、まるでタチの悪い冗談のようにも見えます。
でも、そもそも『作品の性別』などないし、『こういった画風だから作者が女の子』だとか言う先入観は良くないことだと思います。
画風というものは、風呂やトイレみたいに男性用と女性用に分ける必要はないと思います。
こんな風に先入観を、ものの見事に打ち崩すアートがあって良いと思います。