#thewho
7月11

私の音楽の趣味は、独特です。
モータウン調のポップな曲調の、ギター・ロックを好みます。
ヴァジュアル的には、細身のスーツやフレッドペリーが似合うバンドを好みます。
しかし、面白いことに、そういった音楽性やヴィジュアルを持ったバンドが、英国には'60年代から現代に至るまで、各時代に存在する所が興味深いです。
5日は、久し振りにThe Whoを聴きました。
私は、いつもThe Whoを聴いていると思われますが、しばらく聴かない時も、実はあるのです。
久し振りに聴きますと、その演奏の完成度に感嘆させられます。
ライブでは、The Whoは破壊的な演奏が魅力ですが、スタジオ・レコーディングされた曲は、驚くほどに整然と美しくレコーディングしています。
やはり、キース・ムーンのドラムと、ジョン・エントウィッスルのベースのプレイが、名演である故だと思います。
名プレイヤーがレコーディングした音源は、珠玉の宝石のように輝きます。
2月22

昨夜は、The Whoの"Tommy" を聴きながら寝ました。
寝るためのBGMとして聴いていたので、全編は聴いていませんですけどね。
もう、何度も聴いているアルバムですが、改めて聴くと、本当に複雑なアルバムです。
このアルバムの曲を、ほとんどソングライティングした、ピート・タウンゼントは天才だと思いました。
バイオレンスな爆音ロックを演奏するThe Whoというバンドのギタリストなので、ピートは誤解されやすいのですが、実はインテリなクリエイターなのだと思います。
雑誌などでピートのインタビューを読みますと、本当に理論派で、内容を読むだけで常人とは違うことを感じさせられます。
両親共に、プロのミュージシャンという家庭で育ち、自然に楽器に触れて育ったピート。
ピートと同世代のロック・ミュージシャンでは、なかなかそういった環境で生まれ育った方は居ないでしょう。
まさにミュージシャンとしては、生粋のサラブレッドです。
そして、ピートの真の姿は『元祖宅録ミュージシャン』であったことです。
ピートの才能を見抜いた当時のThe Whoのマネージャーが、高価かつ高度な録音機器をピートに買い与えて、デモ・テープを作り始めたのです。
ピートのデモ・テープは、後にソロ・アルバムとしてリリースほどの、完璧クオリティーを持っていました。
もちろん、全ての楽器を自分で演奏してオーバー・ダビングした完全な『宅録』でした。
それをThe Whoの、他の3人に聞かせてレコーディングするというスタイルでしたが、時にはデモ・テープの音源が、そのままスタジオ盤に流用させたこともあったようです。
ギターをライブの最中に破壊するというワイルドなパブリック・イメージを持たれていますが、真の姿は、そういったインテリなクリエイターなのです。
8月5

私がよくブログに書いているThe Whoですが、『アルバムは何を買ったら良いか分からない』と言われます。
何しろ'60年代から活動しているのに、日本で評価されるようになったのは近年になってからなので、ロック好きの方でも答えに窮してしまうようです。
元々、The Whoはレコーディングよりもライブに比重を置いているライブ・バンドなので、活動期間に比して、アルバムの枚数は少ないです。
それが、より謎を生んでいるように感じられます。
なので、かなりのThe Whoマニアの私が名盤を3枚紹介しましょう。
まず、1番のおススメは“Live At Leeds”でしょう。
The Whoが前述の通りライブ・バンドで、ライブ盤もいくつかリリースされているのですが、この“Live At Leeds”は別格な位、完成度の高い演奏と高い音質を保っています。
4人のラウドな演奏を堪能出来ます。
ぼさっとした時に再生すると、ぶっ飛びます。
ドラムのキース・ムーンとベースのジョン・エントウィッスルの2人は亡くなっているので、もはやこのラインナップでの生演奏は聴くことが出来ないですが、CDやMP3でも、その迫力は伝わります。
実際のライブでは、さぞかし凄かったことでしょう。
2番目の、おススメは“Who's Next”です。
ライブ盤ではなく、きちんとスタジオでレコーディングされた名盤を聴きたいという方は、こちらがおススメです。
The Whoの才能がピークに達した時にレコーディングされた名盤です。
最近のロック名盤ガイドの本でも、“Who's Next”は必ず載っています。
全9曲、どれも捨て曲がないという素晴しいアルバムです。
それもそのはずで、元々はソングライター・ギタリストのピート・タウンゼントが超大作を企画しレコーディングしていたのですが、難解過ぎてピート以外の誰もが理解出来なくなり頓挫。
そして、その中からベストなトラック9曲厳選されたのが“Who's Next”です。
海外ドラマCSIに使用された“Baba O'Riley”と“ Won't Get Fooled Again”が有名です。
そして、あまりラウドな曲は苦手という方には3番目におススメなのが、“Tommy”です。
このアルバムは、少し古めのロック名盤ガイドではベストだと書かれていると思います。
サウンド・メイキングはアコースティックな感じに仕上げられています。
そして、画期的なことは世界で初めてヒットしたロック・オペラであるということです。
英語が得意な方は、lyricsを最初から最後まで順番に読んで、その意味を深く味わうことも出来ます。
一度聴いただけでは、その良さが分からないかと思いますが、聴き込むうちにスルメのようにその良さが分かるというアルバムです。
とりあえず、The Whoで名盤と一般的に言われているのが、この3枚です。
一番上の写真は“Live At Leeds”。
音の破壊度は、これが一番でしょう。
4月21
今日は、時々無性にに聴きたくなるバンドThe Who(ザ・フー)の話です。
The Whoは、ビートルズとほぼ同世代のバンドですが、ビートルズに勝るバンドに他ならないと思います。
セールス的にも知名度もビートルズの方が上を行っていますが、ライブ活動に置いては、世界で初めて大出力のアンプを使い始めるなど、The Whoの方が進んでいました。
現在、ロックバンドでよくみられる、ドラム、ベース、ギター、ボーカルの各1名ずつ4人編成のバンドをThe Whoは発明しました。
The Whoは楽曲よりも、そのライブパフォーマンスに定評があり、1976年には『世界で最も大きな音で演奏したバンド』としてギネスブックに載る程です。
それは、マネジメントの契約のトラブルで、レコーディング作品におけるThe Whoの印税が正当に扱われなくて、必然的にライブに活力を見出すしかなかったためです。
しかし、同じようにやはり、ライブ活動に活路を見出していたローリング・ストーンズ とは、そのノリは明らかに異なっていました。
ローリング・ストーンズが、ネチっこいブルース調の曲調を得意としたのに対し、The Whoはタテノリのロックを真骨頂としていました。
そういったタテノリなロックのライブを、どう演奏するかについてThe Whoがそのノウハウを確立させたようなものです。
そのような点が、同時代のビートルズやローリング・ストーンズとは、また違った存在であったことを証明します。
そして、その激しさうえに、The Whoは、まるでレーシングカーがクラッシュをするかの如く崩壊していきます。
1978年に伝説のドラマー、キース・ムーンが抗酒薬とアルコールの過剰摂取によって他界し、2002年には、ベースのジョン・エントウィッスルが売春婦の体の上で腹上死します。
その生き様はロックそのものですが、それが良いことである筈もなく、それがこのバンドの鬼門となっていきます。
The Whoのドキュメンタリー映画、アメイジング・ジャーニーは、そんなThe Whoが崩壊していく様と、その鬼門を克明に記録しています。
そして、殴り合うほどに犬猿の仲であった、ギターのピート・タウンゼントとボーカルのロジャー・ダルトリーが、4人の中で生き残ったという事実を受けて、強い絆で結び合う所で終わります。
それは、2人はロックな生き様が、いかに恐ろしいものであるのか、誰よりも肌で実感していることに他なりません。

私が好きなThe Whoの曲、“Substitute”です。
このイントロの高揚感が何とも言えません。
この映像では曲の最後の部分で、気持ち良い程にビシッと決まっている所に注目です。
The Whoは、ビートルズとほぼ同世代のバンドですが、ビートルズに勝るバンドに他ならないと思います。
セールス的にも知名度もビートルズの方が上を行っていますが、ライブ活動に置いては、世界で初めて大出力のアンプを使い始めるなど、The Whoの方が進んでいました。
現在、ロックバンドでよくみられる、ドラム、ベース、ギター、ボーカルの各1名ずつ4人編成のバンドをThe Whoは発明しました。
The Whoは楽曲よりも、そのライブパフォーマンスに定評があり、1976年には『世界で最も大きな音で演奏したバンド』としてギネスブックに載る程です。
それは、マネジメントの契約のトラブルで、レコーディング作品におけるThe Whoの印税が正当に扱われなくて、必然的にライブに活力を見出すしかなかったためです。
しかし、同じようにやはり、ライブ活動に活路を見出していたローリング・ストーンズ とは、そのノリは明らかに異なっていました。
ローリング・ストーンズが、ネチっこいブルース調の曲調を得意としたのに対し、The Whoはタテノリのロックを真骨頂としていました。
そういったタテノリなロックのライブを、どう演奏するかについてThe Whoがそのノウハウを確立させたようなものです。
そのような点が、同時代のビートルズやローリング・ストーンズとは、また違った存在であったことを証明します。
そして、その激しさうえに、The Whoは、まるでレーシングカーがクラッシュをするかの如く崩壊していきます。
1978年に伝説のドラマー、キース・ムーンが抗酒薬とアルコールの過剰摂取によって他界し、2002年には、ベースのジョン・エントウィッスルが売春婦の体の上で腹上死します。
その生き様はロックそのものですが、それが良いことである筈もなく、それがこのバンドの鬼門となっていきます。
The Whoのドキュメンタリー映画、アメイジング・ジャーニーは、そんなThe Whoが崩壊していく様と、その鬼門を克明に記録しています。
そして、殴り合うほどに犬猿の仲であった、ギターのピート・タウンゼントとボーカルのロジャー・ダルトリーが、4人の中で生き残ったという事実を受けて、強い絆で結び合う所で終わります。
それは、2人はロックな生き様が、いかに恐ろしいものであるのか、誰よりも肌で実感していることに他なりません。

私が好きなThe Whoの曲、“Substitute”です。
このイントロの高揚感が何とも言えません。
この映像では曲の最後の部分で、気持ち良い程にビシッと決まっている所に注目です。
7月9
今日は伝説のドラマー、The Who(ザ・フー)のキース・ムーンの話です。11月の、来日の話題で盛り上がっているザ・フーですが、キース・ムーンは居ません。1978年という遠い昔に亡くなっているからです。ザ・フーは、キース・ムーンが亡くなった後も契約のため、1982年まで活動を続行しますが、そのサウンドは似て非なるものになってしまいます。それ程 キース・ムーンの存在は大きかったのです。ザ・フーのメンバーは、ソングライターのピート・タウンゼントが有名ですが、それ以上にドラマーのキース・ムーンが有名です。
全盛期のキース・ムーンの映像を観ると、千手観音のように素早くドラムを叩いている様子が観れます。あまりの気迫と凄みに、観ている方まで、その気迫に負けてしまう程です。特にザ・フーの初期の頃の曲など、殆どドラムの音しか聴こえないと言っても過言ではありません。
彼がザ・フーに加入するきっかけは、キースがまだ加入する前のザ・フーのライブの時、突然ビール片手に全身黄色い服を着たキース・ムーンが、『俺の方が巧く叩ける』とステージ向かって言って来て、試しにドラムを叩かせると、ドラム・キットを叩き壊した後、ステージ上に吐瀉物を、撒き散らして倒れた事が、メンバーに気に入られたからです。
その逸話からも分かる通り、キース・ムーンは破天荒なキャラクターとしても有名です。ステージでは、ギターを破壊させるピート・タウンゼントのパフォーマンスに感化され、ドラムキットを蹴散らして観客席に投げ込んだりします。オフステージでは、パーティーで悪乗りの末に、全裸になる事は日常茶飯事でした。彼の21歳の誕生パーティーの時にロールスロイスを運転してプールにダイブして沈めたという逸話も残っています。また、テレビのバラエティー番組にザ・フーが出演した際、ドラムキットを破裂させる場面で、テレビ局のスタッフに、火薬を増量させるよう賄賂を渡し、大爆発させたというエピソードもあります。その映像は今でも残っていて、爆風でバンドのメンバーが吹き飛ばされる様子を観る事ができます。そんなキース・ムーンのキャラクターは、センセーショナルなバンドのイメージにぴったりです。
その一方でドラムについては真摯で、その名プレイは、今でもCDやDVD聴く事が出来ます。
キース・ムーンの死因は、よくドラッグと言われますが、ドラッグではなく、抗酒薬ジスルフィラム(アンタビュース)を服用して飲酒したためです。ジスルフィラムは肝臓のアセトアルデヒド脱水素酵素を阻害させる作用があります。アセトアルデヒドは飲酒によって体内で発生し、頭痛、吐き気、動悸などを誘発させる、いわゆる二日酔いの元凶となる成分です。通常は、肝臓のアセトアルデヒド脱水素酵素が働いて、アセトアルデヒドを水と二酸化炭素に分解するので、少々飲酒しても悪酔いしないのです。ジスルフィラムは、肝臓によるアセトアルデヒド脱水素酵素の働きを阻害させる事によって、極端なアセトアルデヒド中毒にさせてしまいます。その際に血管拡張による急激な血圧低下を惹起させる事もあります。その作用を利用して、アルコール依存症患者に『抗酒薬』として処方されます。
ザ・フーの面々は、行く先々で大量に飲酒して乱痴気騒ぎを起こすことで有名でした。そのため、キース・ムーンだけでなく、ピート・タウンゼントまでアルコール依存症になってしまいます。そんなキース・ムーンにジスルフィラムが処方されている事は容易に推測が突きます。
1978年9月7日、キース・ムーンは、ポール・マッカートニーが主催するバディ・ホリー生誕記念パーティーに、出席します。偶然その時の写真が残っていて、酔っ払って絶好調なキース・ムーンのジョークに、ウンザリしている、ポールとリンダのマッカートニー夫妻の姿が残されています。そして、大量飲酒した後、帰宅してジスルフィラムを服用して、その晩のうちに亡くなってしまいます。ジスルフィラムを、服用して大量の飲酒する事は、急激なアセトアルデヒド中毒に陥いる危険な行為です。推測ですが、キース・ムーンは、アセトアルデヒドによって惹起された血圧低下によって、抹消循環不全に陥り、脳への血流量が減少して、脳死に陥って亡くなったのでしょう。
バンドのメンバーは、彼のその破天荒なキャラクターゆえ、葬式はジョークではないかと思ってしまいますが、悲しむキースの家族を見て本当の葬式だと悟ったそうです。
もうキース・ムーンの素晴らしいドラムプレイは、CDを聴く事しかありません。興味ある方には、ザ・フーのファーストアルバム、“My Generation”がお薦めです。
全盛期のキース・ムーンの映像を観ると、千手観音のように素早くドラムを叩いている様子が観れます。あまりの気迫と凄みに、観ている方まで、その気迫に負けてしまう程です。特にザ・フーの初期の頃の曲など、殆どドラムの音しか聴こえないと言っても過言ではありません。
彼がザ・フーに加入するきっかけは、キースがまだ加入する前のザ・フーのライブの時、突然ビール片手に全身黄色い服を着たキース・ムーンが、『俺の方が巧く叩ける』とステージ向かって言って来て、試しにドラムを叩かせると、ドラム・キットを叩き壊した後、ステージ上に吐瀉物を、撒き散らして倒れた事が、メンバーに気に入られたからです。
その逸話からも分かる通り、キース・ムーンは破天荒なキャラクターとしても有名です。ステージでは、ギターを破壊させるピート・タウンゼントのパフォーマンスに感化され、ドラムキットを蹴散らして観客席に投げ込んだりします。オフステージでは、パーティーで悪乗りの末に、全裸になる事は日常茶飯事でした。彼の21歳の誕生パーティーの時にロールスロイスを運転してプールにダイブして沈めたという逸話も残っています。また、テレビのバラエティー番組にザ・フーが出演した際、ドラムキットを破裂させる場面で、テレビ局のスタッフに、火薬を増量させるよう賄賂を渡し、大爆発させたというエピソードもあります。その映像は今でも残っていて、爆風でバンドのメンバーが吹き飛ばされる様子を観る事ができます。そんなキース・ムーンのキャラクターは、センセーショナルなバンドのイメージにぴったりです。
その一方でドラムについては真摯で、その名プレイは、今でもCDやDVD聴く事が出来ます。
キース・ムーンの死因は、よくドラッグと言われますが、ドラッグではなく、抗酒薬ジスルフィラム(アンタビュース)を服用して飲酒したためです。ジスルフィラムは肝臓のアセトアルデヒド脱水素酵素を阻害させる作用があります。アセトアルデヒドは飲酒によって体内で発生し、頭痛、吐き気、動悸などを誘発させる、いわゆる二日酔いの元凶となる成分です。通常は、肝臓のアセトアルデヒド脱水素酵素が働いて、アセトアルデヒドを水と二酸化炭素に分解するので、少々飲酒しても悪酔いしないのです。ジスルフィラムは、肝臓によるアセトアルデヒド脱水素酵素の働きを阻害させる事によって、極端なアセトアルデヒド中毒にさせてしまいます。その際に血管拡張による急激な血圧低下を惹起させる事もあります。その作用を利用して、アルコール依存症患者に『抗酒薬』として処方されます。
ザ・フーの面々は、行く先々で大量に飲酒して乱痴気騒ぎを起こすことで有名でした。そのため、キース・ムーンだけでなく、ピート・タウンゼントまでアルコール依存症になってしまいます。そんなキース・ムーンにジスルフィラムが処方されている事は容易に推測が突きます。
1978年9月7日、キース・ムーンは、ポール・マッカートニーが主催するバディ・ホリー生誕記念パーティーに、出席します。偶然その時の写真が残っていて、酔っ払って絶好調なキース・ムーンのジョークに、ウンザリしている、ポールとリンダのマッカートニー夫妻の姿が残されています。そして、大量飲酒した後、帰宅してジスルフィラムを服用して、その晩のうちに亡くなってしまいます。ジスルフィラムを、服用して大量の飲酒する事は、急激なアセトアルデヒド中毒に陥いる危険な行為です。推測ですが、キース・ムーンは、アセトアルデヒドによって惹起された血圧低下によって、抹消循環不全に陥り、脳への血流量が減少して、脳死に陥って亡くなったのでしょう。
バンドのメンバーは、彼のその破天荒なキャラクターゆえ、葬式はジョークではないかと思ってしまいますが、悲しむキースの家族を見て本当の葬式だと悟ったそうです。
もうキース・ムーンの素晴らしいドラムプレイは、CDを聴く事しかありません。興味ある方には、ザ・フーのファーストアルバム、“My Generation”がお薦めです。

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