★絵描きの日記

加茂谷正俊のブログです。 絵画を中心に美術やっています。 公募展出展、グループ展や個展などもします。 2010年、2014年、2018富山国際現代美術展に参加。

インターネット

春服にチャレンジしましたが…

徐々に風邪が良くなり、倦怠感やくしゃみの回数が減って来ました。
今は、少しのどが痛いという感じです。
風邪を引きやすく、治り難い体質の私。
健康管理は、しっかりとしたいものです。

8日の朝は、一旦冬服に着替えました。
インターネットで気温をチェックしてみたら、暖かくなってきたようなので、春服に着替えて、マンションのテラスで寒さチェックしたら、やはり寒かったです。
なので、また冬服に着替えて外出しました。
風邪が治るまで、春服はやめておきましょう。

マンション

もうスマートフォンは飽きた

引き続き、疲労感が続いています。
外出は最低限の用事だけ済ませ、マンションに引きこもりがちです。

今は、携帯電話を機種変更すると、携帯電話ショップでは、ほとんどスマートフォンしか置いていないに等しいので、期せずしてiPhoneとXperiaのスマートフォン2台持ちになってしまいました。
Xperiaは電話とメールと電子マネー位しか使ってないので、本来のインターネット接続端末としてのスマートフォンの役目は、むしろiPhoneの方が活躍しているのかも知れません。
それは、私は普段パソコンはMacを使っているので、AndroidよりiOS の方が使い勝手が分かっているからでしょう。

しかし、本日のようにマンションに引きこもっている時はMacを操作していることが多く、スマートフォンは、ただの“電話”と化してしまいます。
普段、このBlogもスマートフォンではなくMacで書いているのが殆どです。
そして在宅の際、机の上の置かれた2台のスマートフォンを見て感じたことは、『もうスマートフォンは飽きた』ということす。

スマートフォンが、本領を発揮するのは、あくまで外出先なのだと痛感しました。

通り

オタク?な生活

3日は午前中、忙しくて疲れてしまいました。
午後は、マンションで、ゆっくりしていました。
マンションで時間を過ごすと、ついついネットをし過ぎてしまいます。
いくらオシャレをしていても、ネットばかりしていたら、オタクまっしぐらな生活ですね〜。

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穏やかな日

今日は、マンションで静かに過ごしました。部屋で、ずっとインターネット三昧です。
いつもは、ずっと外に出ている私には珍しいことです。
今日の夕食はマンションを出て、馴染みの居酒屋で食べようと思います。
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ニュースと東京ガールズコレクション

私は、どんなに疲れている時も、休憩時間はファッション雑誌をパラパラめくって新しい流行をチェックします。
また、ヒマさえあればネットや本を読んだりしています。
テレビのニュースもガンガンつけっぱなしです。
まさに、情報の渦に巻き込まれている状態です。
そのためなのか、私が物知りであるかのように思われてしまいす。
たまに難しいことを聞かれて、困ってしまいますが…。
そんな状況に身を置けば、誰でも情報通や物知りになりますよ。
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写真は、私がよく観ている24時間放送のニュース専門チャンネル、TBSニュースバードからです。
その一方で、ニュースを観ながら、東京ガールズコレクションの写真集も観ていました。
テレビのニュースを観ながら、東京ガールズコレクションの写真集を同時に観ている人は滅多に居ないでしょう。
それが、私の日常なのです

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ダメ人間になりそうです

今日は一日中、マンションに引きこもってYouTube三昧でした。
もはやインターネット依存症で、ダメ人間になりそうです。

本日YouTubeで気に入った映像は、プレイガールのオープニングです。
これは、非常にポップな映像だと思います。
登場するファッションや車が'70年代初頭の空気が伝わって来て、とてもオシャレだと思います。
リアルタイムでは、とってもいかがわしいドラマだと思われていたでしょうがね…。

ところで、プレイガールに出演していた“ガール”達も、現在は還暦前後です。
おネェこと、沢たまきさんは6年前に亡くなっています。
でも、まさか沢たまきさんが後年、国会議員になるとは、当時誰も思っていなかったと思います。

珍しい日本人

マンションにKDDIのひかりが入ったので、KDDIのADSLから乗り換えました。  
遅ればせながらですけどね。      
早速インターネットをしてみたのですが、サクサクつなげて、さすがに早いですね。
私は携帯もKDDI(au)、インターネットもKDDI、プロバイダーもKDDI(au one net)で、KDDIなしには通信生活は成り立ちません。
長年に渡り、何故かNTTには一切お世話になってないのです。
NTTに一切お世話になっていない日本人って、珍しいですよね。
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これが、そのモデムです。
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離れ

現代社会を表現する言葉として、『〜離れ』という用語が繁用されます。
『車離れ』、『活字離れ』、『テレビ離れ』、『和食離れ』、『米離れ』、『魚離れ』、『野菜離れ』と枚挙にいとまはありません。
むしろ、離れていない物を探す方が大変です。
あまりに『〜離れ』という言葉が繁用され過ぎるので、事の実態が分かりにくくなっているのです。
真相は価値観の多様化であるのだと思います。
人間、あらゆる物事に、揃いも揃って離れて、何事にも興味がなくなることは考え難いからです。
それは、物事のニーズが減った場合に、真剣に原因を考えないから、『〜離れ』と片付けてしまうのでしょう。
多くの例で、やり玉に上がっているのがインターネットです。
車が売れないのもインターネットのせい。
テレビ離れもインターネットのせい。
活字離れもインターネットのせい。
全部インターネットのせいにされたら、IT業界はたまったものではないでしょう。
大体、インターネットの使用料と、車の値段は桁が違い過ぎて比較対象にならないと思うのですが…。
テレビ離れは、確かにYou Tubeが原因と考えられますが、作り手が苦情を恐れるあまり、テレビ番組がつまらなくなっていることは否めません。
活字離れも、インターネットは文字の文化なので、紙に印刷されていたものが、パソコンのディスプレイ上に置き換わっただけです。
何でもインターネットが原因と考えることは、そんな文化がなかった年配の人が考えそうなことです。
恐らく、あらゆる業界の若い社員は、年配の上司の考察に文句が言えないので、そんな考察がまかり通るのでしょう。
私が考えている社会現象は、価値観の多様化です。
価値観の多様化が起こると、何でも流行が作れなくなるということです。
あらゆる業界がパイの奪い合いになり、それぞれが受け取る儲けが減ってしまう現象なのです。

Blogの功罪

秋葉原の連続通り魔事件からネットへの書き込みについて社会的論議を呼んでいます。犯人の加藤被告が携帯用のブログで、犯行予告した上に犯行に及ぶまで、実況するかの如く書き込んでいたと言います。私もブログをやっていますが、その書き込みの内容については、賛成しかねます。『やめろ!通報するぞ!』というようなレスポンスでも欲しかったのでしょうか?そして、そんなに人に構ってもらいたかったのでしょうか?また、最近はブログの言葉によって人を傷つけるような問題も生じているそうです。確かに書いている人は、記者や文筆家ではない素人ですからね。そういった責任の所在がない人が書くと、そういった問題も生じて来ると思います。学校裏サイトなど根深い問題にまで発展しています。私は考えがあって、ブログの内容は、特別な事がなければ、日記調の記載は避けるようにしています。なぜならば、私の1日のスケジュールなぞ誰も興味ないと思っているからです。だから、随筆調・評論調の内容にしているのです。私はブログを始めた当初は、好奇心でブログを始めました。その後、いかにしてカウントを増やす事に腐心するようになり、ある程度カウントが増えると、カウントに興味がなくなり、最近は『頭の整理』の為と、無休のブログの継続(本日で通算445日目)の為にブログを投稿するようになりました。最近は、『頭の整理』ため、ブログがどんどん長文になってきていますが、いつも読んでいる方々には感謝致しております。『頭の整理』のために書いているため最近、私の会話からブログと同じフレーズが出現するようになりました。すると、ブログを読んでる方に、『それブログに書いてあった』と指摘されてしまいます。それは、書いてある人と喋っている人が同じなので、仕方ない事ですよ。また、よく言われている事は、『よくブログに顔出せますね』という事です。それについては、世間でブログが飽和状態の中で、私が顔を出しても、ただの通行人のようなものだと考えているからです。また、顔写真を出す事により、このブログは匿名性が薄れるという効果も生まれます。そして、私がナルシストである事も発覚してしまいます。時々、自分の顔にモザイクをかけたブログを見るのですが、顔を出したくなければ最初から写真を出さなければ良いと思うのですが…。それに、別に悪い事している訳じゃないのに隠す必要ないと思うのですがね。しかし、全く不安がないという訳でもありません。私が何か悪い事をして捕まったり(しませんよ、絶対にね)、事件や事故に巻き込まれたら、このブログの写真が使われるのかなぁと…。583e9127.jpg
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読書教育

テレビで子供に本を読ませるために、読書量を競わせるという、読書教育を唱える教育者が居ました。しかし、子供の頃から読書の虫だった私から言わせると、それは間違っています。読書は競わせるような高尚な事象ではなくて、『読みたいから読む』という単純な好みの問題だからです。ゲームが好きな子は、ゲームが好きだから、ゲームをするのであって、教師に強制されて、競わせられて、するものではありません。また、重要な事は、親が全く読書をしない環境の家庭の子は、読書しない子になる危険性をはらんでしまうのです。ある意味それは、当然の成り行きなのですけどね。私が子供の頃、暇でどうしようもない時に、家の本棚の本に、つい手が伸びてしまったという経験があります。それを考えると、家に本がない家庭に、読書好きな子が現れる可能性は低いのです。読書に関しては親や祖父母、曾祖母までに遡って、書物に関する考え方が影響してしまうのです。だから、インターネットや雑誌でも良いから、文章を読む事に対して敬意を払ってもらいたいのです。ddb40377.jpg
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