★絵描きの日記

加茂谷正俊のブログです。 絵画を中心に美術やっています。 公募展出展、グループ展や個展などもします。 2010年、2014年、2018富山国際現代美術展に参加。

ソフトバンク

たかが通信。 されど通信。

早起きが得意な私は、18日は5:00に起きて部屋の掃除をしました。
早起きすると、一日が長く感じて、得をしたような気分です。

そう言えば、昨夜は久々に携帯電話とテレビから緊急地震速報を耳にしました。
地震そのものは、それほど激しくなかったのですが、一時はソフトバンクのセルラータイプの iPadが、繋がりにくくなりました。
一方、この時はauのスマートフォンのLTEは、通常通り繋がりました。
やはり、通信機器を複数持っている場合は、キャリア(通信業者)を複数に分散させた方が良いと実感しました。
逆に、東日本大震災の際は、auは全然通じませんでしたが、ソフトバンクは微弱に電波を拾っていて、Twitterで情報を得ていました。

たかが通信。
されど通信。

私は、NTTの固定電話には、加入していません。
かなり以前は、加入していましたが、妙な勧誘や投資話の電話ばかりかかって来たので、頭に来て、固定電話のコードを引き抜いたら、そういった電話はパッタリとかかって来なくなりました。
携帯電話は、見覚えのない電話番号には出なくて良いし、迷惑な電話は着信拒否が出来て便利です。
言わば、それも自己防衛手段ですね。

インターネットの光回線はauなので、私はNTTには全くお世話になっていません。
そのため、電話帳に私の名前は載っておりません。
結果的に妙な勧誘の電話は、かかって来ないので、めでたしめでたしです。
スマートフォンもauとソフトバンクで、NTTドコモとも、一切契約してない徹底振りです。
NTTと一切の関係を断ってから気付いたことですが、面白い事にNTTに加入しないと、電話帳が配られないのです。
でも、今時電話帳がなくても、スマートフォンで電話番号を検索して、そのまま電話をかけた方が早いのではないかと思います。
以上、NTTに一切お世話になってない、レアな日本人の話でした。

下の写真は、私のiPadの画面です。
恥ずかしながら、自分の作品を画面に使用しています。

iPad

東日本大震災直後のブログの更新

ブログネタ
3.11 東日本大震災について話そう に参加中!
間もなく、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震 )から2年が経ちます。
私は岩手県の盛岡市に住んでいます。
ですから、東日本大震災の地震の揺れからは逃れようがありません。

盛岡市は内陸なので、津波の被害もなく、地震の揺れも、首都圏と同じ震度5弱でしたので、建築物が倒壊するような大きな被害は、目の当たりにしませんでした。
しかし、問題は停電で、地震発生直後から、翌3月12日の16:00過ぎまで続きました。

そして、どんなことがあっても毎日ブログを更新している私。
3月11日当日には前日の10日に記事を書いて、0:00に予約投稿し、3月12日は18:21に投稿することが出来ました。
幸い一日も欠けることなく投稿が出来ました。
3月12日は18:21に投稿したのは、前述のように3月12日の16:00過ぎまで停電だったからです。
やはり、停電だとブログの投稿は難しかったです。
電気がやっと通じ、震災後の最初書いた3月12日ブログの文章が下記です。

『地震はまさに、日本沈没すると感じました。
停電は本当に困りました。』
2011年3月12日18:21の投稿です。
http://blog.livedoor.jp/kamoya/archives/51232879.html

たったこれだけです。
これ以上は書けませんでした。
正直、この日は電気が通じた喜びと、震災の状況の情報収集するだけで、とてもブログどころではなかったからです。

私はAUとソフトバンクの携帯電話を持っていましたが、AUは停電が解消されてからやっと電波が通じました。
ソフトバンクは、震災後もギリギリ微弱な電波が通じたり途切れたりしていましたが、充電が出来ないので、電池の残量を温存するために時々電源を入れてTwitterをチェックする程度で精一杯でした。
充電されているノートパソコンでも、LANが使い物になりませんでした。
ですから、電気が通じるまでブログに更新は出来ませんでした。

『でも、何としてでも可能であれば、ブログを更新したい』

やっと更新したブログの文章が、上記の3月12日の文章です。
そして、震災について冷静に考察して書き始めたのは、3月13日以降からです。
それは、停電で震災についての情報が停電で充分に伝わらなかったからです。
震災当日から翌日電気が通じるまでは、震災の情報を得るには、ラジオとカーナビのワンセグ、時々携帯電話の電源を入れてTwitterを覗くしか方法がありませんでした。
だから、震災当日のテレビのニュースも、短時間だけカーナビのワンセグを見ただけで殆ど見てません。
携帯電話のワンセグも一瞬だけ見ましたが、可能な限り電池の残量を温存するために、すぐやめました。
震災の被害の全容を掴むのは、電気が通じてからテレビを見れるようになってからなのです。

東日本大震災は、様々な意味で、教訓になるような体験を得たように感じました。

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ガジェット好き

6日はマンションで、ゆっくりしていました。
やはり、出かけてばかりで疲れますからね。

金沢からの長旅のため、長時間に渡りボトムスに入れていた、ソニー・エリクソンの
Cyber-shot ケータイが崩壊寸前になってしまいました。
いつバラバラになるか分からない程、危険な状態なので、5日に急遽、Xperia VLに
機種変更しました。

私は、その他にもiPhone 4やiPadなど、様々な通信機器を所有しています。
いわゆる、ガジェット好きという奴ですね。
Cyber-shot ケータイは、電話とメール、電子マネー、モバイルSuica用に使用し、
iPhoneは持ち運び用の小型のPC端末として使用していました。
Cyber-shot ケータイはau、iPhoneはソフトバンクをキャリアとして使用しています。

最初に私が携帯電話を契約したのは1997年で、当時のキャリアは『セルラー』でした。
そのうち、1999年に携帯電話の番号が9桁から11桁に代わり、それ以来、私の携帯電話の番号は変わりません。
そして2000年にKDDIグループの再編で、セルラーがauになって現在に至っています。
その頃から機種をカウントすると、Xperia VLは13台目になります。
約15年間で13台のペースです…。
やはり私、ガジェット好きなようです。
上記ことを、auショップの、お姉さんに話したら、少し引いていました。

そりぁ、お姉さんの年齢でしたら、『セルラー』という会社も、昔の携帯電話の番号が9桁だったことも、会社の研修ぐらいでしか聞いたことがないでしょうからね。

肝心の操作の方は、以前からiPhoneでスマートフォンの操作に慣れていたことと、元々、ソニー(ソニー・エリクソン)の携帯電話を長く使用していたので、ソニーの携帯電話の独特の『クセ』のようなものを体で覚えていましたので、2時間ほどいじっていたら、その基本的操作を把握しました。
電子マネーのアプリのダウンロードも少し苦労しましたが、本日は快適に使用できています。
それにしても、今は機種変更した場合、ほとんどスマートフォンしか売ってないので、選択の余地がないなぁと思いました。

Xperiaを使用して感じたことは、やはり日本のソニーの携帯電話だなぁということです。
それこそ、ソニー・エリクソンのCyber-shot ケータイを、強引にスマートフォン化させたように感じました。
特に画面のデザインは、ソニーやauを主張するアイコンがチラチラ点滅する所に、日本人っぽいセンスを感じました。
同じスマートフォンでもiPhoneとは、似て非なるものであるといった所でしょうか?

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