ドローイング
2月19
昨日の、このブログのPC版の画面の変更は、ブログの管理画面の操作上、偶発的に起こった“アクシデント”だったので、私も驚きました。
写真は、ブログの管理画面の操作に疲れて、やや寝不足気味の私です。
この変化は、昨年7月1日のFacebookのソーシャルボタン設置よりも、大きなブログの変化だと思います。
本当に長い間、ブログをやっていると、色々あるものです。
何かブログの雰囲気が2000年代のブログから、一気に今風の2010年代のブログにモデルチェンジした感じがします。
まぁ、ブログのタイトル画像や背景画像で、結果的に私の作品を観てくれる方が増えるのは嬉しいです。
因みに、タイトル画像は“スイーツはいかが?”のドローイングで、チェック柄の背景画像は“うさロック”という作品です。
こちらが、タイトル画像の“スイーツはいかが?”(2007年)のドローイングです。
そしてこちらが背景画像の“うさロック”(2008年)です。
6月7
もし、この世に『世界不器用選手権』なるものがあったとしたら、私はかなり高い順位になる自信があります。
冗談抜きで、本当に私は手先が不器用なのです。
レストランでフォークと箸、両方を置いている店へ行ったら、私は迷いなくフォークを選びます。
美術でも、キャンバス張りや展示作業は苦手かも知れません。
でも、自分が不器用だからと深刻に悩むことは、あまりありません。
そこが、問題なの知れませんが…。
なぜ悩まないのか?
それは、不器用なのは、日常生活の一挙一動にわたり表面化するので、いちいち悩んでいてもキリがないからです。
不器用で失敗した時は、『世界不器用選手権』で優勝する可能性があるもなぁと思うくらいです。
俳優の高倉健さんも、『不器用ですから…』と公言していたくらいですからね。
不器用であるために、得をすることも、稀にありますからね。
苦手のキャンバス張りも、画材屋さんに『すみません、お願いします』と、お金を払ってまでお願いするのですが、最近は、プロが作ってくれる分、凝ったものをお願いしたりしています。
画材屋さんも覚えてくれて、『また、いつものですか?』といった感じのコミュニケーションが産まれて来るのです。
絵描きと、画材屋さんと切っても切れない関係ですからね。
そして、料理も苦手なので、外食派なのですが、外食すると、様々な人と知り合うことが出来るというメリットがあります。
そして、私のペインティングやドローイングのタッチが独特なのは、不器用ゆえの産物ですからね。
恐らく、誰も真似できないでしょう。
良い意味でも悪い意味でも…。
問題は、『不器用ですから…』と言うと、高倉健はカッコいいのに、私が言うと格好悪く見える所ですかね。
冗談抜きで、本当に私は手先が不器用なのです。
レストランでフォークと箸、両方を置いている店へ行ったら、私は迷いなくフォークを選びます。
美術でも、キャンバス張りや展示作業は苦手かも知れません。
でも、自分が不器用だからと深刻に悩むことは、あまりありません。
そこが、問題なの知れませんが…。
なぜ悩まないのか?
それは、不器用なのは、日常生活の一挙一動にわたり表面化するので、いちいち悩んでいてもキリがないからです。
不器用で失敗した時は、『世界不器用選手権』で優勝する可能性があるもなぁと思うくらいです。
俳優の高倉健さんも、『不器用ですから…』と公言していたくらいですからね。
不器用であるために、得をすることも、稀にありますからね。
苦手のキャンバス張りも、画材屋さんに『すみません、お願いします』と、お金を払ってまでお願いするのですが、最近は、プロが作ってくれる分、凝ったものをお願いしたりしています。
画材屋さんも覚えてくれて、『また、いつものですか?』といった感じのコミュニケーションが産まれて来るのです。
絵描きと、画材屋さんと切っても切れない関係ですからね。
そして、料理も苦手なので、外食派なのですが、外食すると、様々な人と知り合うことが出来るというメリットがあります。
そして、私のペインティングやドローイングのタッチが独特なのは、不器用ゆえの産物ですからね。
恐らく、誰も真似できないでしょう。
良い意味でも悪い意味でも…。
問題は、『不器用ですから…』と言うと、高倉健はカッコいいのに、私が言うと格好悪く見える所ですかね。
6月29
6月18
2月6
1月29
12月19
5月9
5月8日は、アトリエ彩園子で制作の日です。また、5月8日は私の誕生日です。そんな誕生日の日に、『お人形さんの絵』の下絵が完成しました。現在の所、4枚程の絵の構想がありますが、この絵はその1枚です。この下絵に岩絵の具で着色していく予定です。久しぶりの岩絵の具なので、腕が鳴る思いです。この下絵は、4月初めから、かなり慎重に仕上げて行きました。勿論、自分なりのアレンジもしています。難しかった所は、眼ですね。実物の人形を見れば見る程、人形の眼になっていくのです。それはそれで、当たり前な事なのですが、それが悩みの種でした。人形は人形で、人間とは解剖学的には異なります。そこに違和感を感じてしまうので、葛藤に悩まされました。『これは、人間の女の子ではなく、人形の絵なんだ。見た通り描けば良い』と自分を言い聞かせました。私は、人物の絵を描き過ぎて、人間の顔の解剖学的な法則の先入観に捕らわれ過ぎました。だから、この絵見て『人形みたい』と思ってくれたら正解です。この下絵は、来週には彩色されてしまうので、この状態は見納めです。師匠の大宮政郎先生も太鼓判を押した、このドローイングは、彩色するのが、もったいない感じです。
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