★絵描きの日記

加茂谷正俊のブログです。 絵画を中心に美術やっています。 公募展出展、グループ展や個展などもします。 2010年、2014年、2018年、2022年、富山国際現代美術展に参加。

リテラシー

“表現”を観賞する資格

会田誠
















3月31日まで森美術館開催される、『会田誠展:天才でごめんなさい』は、素晴らしい展示でしたし、会田誠さんは、私が好きなアーティストです。
しかし、あろうことか、この作品群達が『児童ポルノ』だと訴える方々がいるとのことです。
会田誠さんの作品を観て『児童ポルノ』と思う方は、フィクションとノンフィクションを見分けるリテラシーがない方だと思います。
フィクションとノンフィクションの違いが分からない方は、“表現”を、どんな媒体で観る資格はありません。
もし、会田誠さんの作品が『児童ポルノ』なら、素っ裸の少年の裸に強引に翼を付けて描いたラファエロの天使の姿も『児童ポルノ』に該当するのでは?

会田誠作品集  天才でごめんなさい
会田誠作品集 天才でごめんなさい

現代アートにおけるリテラシー

現代アートは難解と敬遠されがちです。でも、現代アートを別な視点で、作品を観察すると、その意図に気付くはずです。リテラシー(literacy)とは、読み書きする能力の事を言いますが、現代アートは、コツを掴めば、簡単にリテラシーを得られると思います。なぜならば、見た人に、『?』と思わせれば成功だからです。何も印象に残らず、通り過ぎて行ったら、作品の意味がありません。また、作品をちょっと観て、『こんなの分からない』と、匙を投げずに、充分に観て何かを感じて欲しいのです。すると、『!』と思うはずです。簡単に言うと、現代アートは鑑賞者に対し『?』、『!』と思わせるアートです。そこに、様々なメッセージが含まれ、観ている者に様々な事を考えさせられます。現代アートの開祖と言われる、マルセル・デュシャンの1917年の『泉』を例に説明すると、デュシャンは、“R.MATT”と書き込んだ便器を美術館に持ち運び、展示しようとしました。それこそ、『?』と思いますが、そこには、デュシャンが便器をチョイスし、“R.MATT”とサインした意志と行為が介在します。そして、なぜデュシャンが、そのような行為に及んだか、考えさせられてしまいます。その作品について、考えさせられるという事が、デュシャンの術中にはまってしまうと気付き、『!』と思います。この『泉』は、オブジェの走りです。人間は、考える生き物なので、作品を観て、『考えさせる事』が重要なのです。作者は、作品を制作する時は考えて制作しますが、このようなオブジェ作品は、作者の思考過程を遡る事で、作者の思考体験を疑似体験する事になります。すなわち、オブジェ作品を中心とする現代アートは、機械に頼り過ぎて、人間関係が希薄になった現代人が、作者の思考過程を疑似体験する事によって、感動を分かち合う、寂しがり屋のアートなのです
気まぐれギャラリー
『シャキーンとした猫』
2019年

ギャラリー用
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